「VIVANT」第5話において、乃木憂助(堺雅人)は戦場ジャーナリストに助けられ、バルカから日本に帰国したという過去が明らかとなりましたが、
この時、乃木のことを助けた戦場ジャーナリストは長野専務(小日向文世)ではないかと私は考察しています。
また、「戦場ジャーナリスト」と名乗っていたということですが、もしかすると、戦場ジャーナリストではなく別班の任務としてバルカに渡っていた可能性もあるのでは?
長野専務は別班の組織の中において一番上の存在である可能性も考えられそうです。
以下、詳しく考察していきます。
目次
【考察】「VIVANT・第5話」戦場ジャーナリストは長野専務?
「VIVANT」第5話において、乃木憂助(堺雅人)は戦場ジャーナリストに助けられ、バルカから日本に帰国したという過去が明らかとなりましたが、
この時、乃木のことを助けた戦場ジャーナリストは長野専務(小日向文世)ではないかと考察しています。
丹後こども園の先生の話
丹後こども園の先生から野崎守(阿部寛)が聞いた、乃木が丹後こども園にて生活するようになった経緯は以下の通り。
・中央アジアのバルカで人身売買されていた
・乞食をさせられているところが戦場ジャーナリストの目に留まり、半ば強引に連れ出され、陸路でウラジオストクに渡り、船で舞鶴へやってきた
・警察保護されるものの、自分の名前がわからなかった(病院の診断では強いストレスによる記憶障害)
・身体の傷からも、ひどい暴力を受けていたことは明らか
・バルカの日本大使館を通じて両親を探してもらうも見つからず、全国の行方不明児童も当たってみたものの、身元は明らかにならなかった
・警察と福祉課で相談し、丹後こども園にて育てることになり、苗字は園の名前を下の名前は職員で相談して”隼人”と名付けた
乃木の経歴
「バルカで人身売買されていた」とは、何ともショッキングな内容でしたが、
乃木の経歴を見ると、この「バルカで人身売買されているのを戦場ジャーナリストに助け出された」というのは、両親と死別したとされる1984年から小学校入学の1987年までの3年間の間であることが分かります。
長野専務の経歴
一方、公安が調べた長野専務の経歴の中には「空白の2年間」が存在していました。
それは、防衛大学校を卒業して一橋大学大学院に入学するまでの2年間。
1985年から1987年までということになります。
長野専務は、「この2年間は薬物依存の治療のため、九州の更生施設に入所していた」としており、「施設にもウラはとれた」となってはいますが、
長野専務が別班であれば、「別班は経歴を完璧に消す」とのことですので、この施設側の証言も別班によってつくられたものかもしれません。
何より、公安の取り調べを受けていた時の長野専務の表情から、まだまだ長野専務には何か隠していることがありそうです。
年代がピタリ一致!
乃木が両親と死別し、人身売買されていたと思われるのが1984年から1987年、
そして、長野専務の「空白の2年間」は、1985年から1987年。
長野専務の言う「九州の更生施設にいた」ということが嘘の経歴だとすると、乃木をバルカから連れ帰った人物が、長野専務である可能性も充分に考えられます。
長野専務がバルカに渡っており、そこで幼い乃木を見つけ、自身が日本に帰ってくる際に一緒に連れて帰った・・・その可能性もあるのでは?
「VIVANT」考察!長野専務は別班の任務でバルカに渡っていた?!
また、可能性を絞るとすると、長野専務は防衛大学校を卒業後、すでに別班としての活動をしており、任務としてバルカに渡っていた可能性も考えられそうです。
「更生施設入所」は創られた経歴?
現時点において、長野専務の「更生施設入所」に関しては本当のことかどうかはわかっていませんが、もしも嘘の経歴であったなら・・・
それは、長野専務も別班ゆえ、別班の訓練や活動をしていることを知られないようにするため、嘘の「更生施設に入所していた」という経歴を創ったのだと思われます。
そう考えると、長野専務は1985年から1987年の間には別班としての活動を行っていたと考えられるのでは?
戦場ジャーナリストではない?
丹後こども園の先生は、「戦場ジャーナリストの方が・・・」と乃木を日本に連れ帰った人物の話をしていますが、本人がそう名乗っているだけですので、本当に戦場ジャーナリストだったかどうかは定かではありません。
この時は本当に戦場ジャーナリストとして活動していたという可能性もありますが、別班の任務でバルカに行った際に乃木のことを見つけたものの、
連れ帰った際、「別班をしている者ですが・・・」などと名乗るわけにはいかないので、バルカにいてもおかしくない「戦場ジャーナリスト」という職業を挙げたのかもしれません。
乃木のことをよく知っている?
長野専務は、誤送金事件について、社内の人物が皆乃木を疑っていても、「私は違うがね。」と乃木のことを信じていました。
もしかしたら、幼いころから乃木のことを見守っていたのかもしれませんし、長野専務が別班であれば、乃木が別班に入るよう、裏から手引きしていた・・・という可能性もあるかもしれません。
「VIVANT」第5話において、別班・乃木の司令が櫻井里美(キムラ緑子)であることが分かりましたが、もしかすると、長野専務は櫻井よりも別班の中での役職が上なのかもしれません。
役職が随分と上であるため、同じ別班である乃木も長野専務が別班であることを知らない・・・そんな可能性も考えられそうです。
アル=ザイールのことを知りたがっていた
乃木にバルカでのことを聞いている際、長野専務は随分とザイールのことを知りたがっていました。
長野専務が別班であれば、当然知りたい事柄だと思うのですが、ずっと以前からバルカのテロ組織を追っていたのだとすると、乃木の話に対して食い気味に尋ねてくるのにも納得できます。
まとめ
「VIVANT」第5話において、乃木憂助は戦場ジャーナリストに助けられ、バルカから日本に帰国したという過去が明らかとなりましたが、
この時、乃木のことを助けた戦場ジャーナリストは長野専務ではないかと私は考察しています。
乃木がバルカにおいて人身売買の対象になっていた時期と日本に帰国した時期、そして長野専務の「空白の2年間」がピタリと一致しています。
別班の任務としてバルカに行っていた際、乃木のことを見つけ、日本に連れ帰って来たものの、この時、現在のような「丸菱商事職員」などという”隠れ蓑”となる職業がなかったため、
バルカにいてもおかしくない「戦場ジャーナリスト」という職業を名乗った・・・その可能性もあるのでは?
もしかすると、その時から長野専務は乃木のことを気にかけており、乃木が別班や丸菱商事に入るよう手引きしていたなどということも考えられそうです。
もしかすると、長野専務は別班の中の一番偉い人・・・なんてことも??
長野専務にはまだまだ秘密がありそうです。
今後の展開も楽しみですね!!
長野専務には、薫先生との繋がりもまだ考えられそうな気もしています・・・↓
【追記】
「VIVANT」第8話において、乃木をバルカから連れ帰った戦場ジャーナリストの飯田さんが登場しました。
演じられていたのは、和田聰宏さん。
和田さんは、2023年現在46歳とのこと。
長野専務の空白の2年間は1985年から1987年なので、1962年生まれの長野専務が空白の2年間で乃木と出会い、日本に連れ帰ったなら、この時20代前半のはず。
実年齢46歳の和田さんが20代前半の長野専務を演じられているとは考えにくいため、戦場ジャーナリストの飯田さんと長野専務は別人でした。
他にもいろいろ考察しています↓